ある卵巣がん患者配偶者の記録

2015年1月から9月までの戦いの日々

続く苦痛

5:30amに目覚めてみると、妻は起きていて、足首にモーラステープを貼られていて、もぞもぞ動いている。

やはり、セルシンは2時間ぐらいしか効かず、ほとんど眠れなかったようだ。こういう苦しいときこそ、眠って時間をやり過ごしたいのに。。。

6am過ぎ、採血。体温37.1度。血圧118/77。

8am過ぎ、H先生がきて、なぜ高カロリー輸液に賛成でないのかについて説明。やはり、点滴で栄養を入れるとますます食欲がなくなるので、腸管のリンパ生成能が萎縮してしまい、免疫が落ちてしまうことが最大の懸念という。これからは、吐き気がおさまってきたら、食欲がなくても食べるということを意識しなくてはいけない、とのこと。また、次回のサイクルからは、ドーパミン経路を阻害できる唯一の制吐剤としてジプレキサも再開したいとのこと。今晩は睡眠薬レンドルミンを飲むことになるらしい。

妻は昨日、売店で買ってきたリンゴ蒸しパンを少しつまみ、グラノラ&ヨーグルトも一口だけ食べる。

その後、カロリーメイトの缶を探しに売店やローソンまで行ってきたが、なかったのでローソンでスタバのカフェラテを買ってくる。一本でカロリーが150kcalあり、タンパク質や脂質もある。

10amぐらい、カフェラテを半分ぐらい飲む。

手を握っていると安心するといい、ベッド脇で手を握り、髪をすくように頭をさすってあげるとすぐに眠りにつく。こんなことでも役に立てるのが嬉しい。

12pm過ぎ、自分が昼食を食べるため、歩いて手打うどん麦蔵へ。かなりの人気店で並ぶことになり、結局入れたのは1pm前。名物かしわうどんが品切れで、天ざるうどんを食べる。

食後の帰路、妻とメッセージしていると、少し前にまた吐いたという。

1pm過ぎ、母からのメッセージで病室に着いたと連絡あり、弁当、味噌汁、ジュース、着替えの短パンを受け取って、引き上げる荷物を持っていく。

母を送迎してくれた父の待つ車にいくと、愛犬が元気に動き回っているが、体温が高い。やはり食事はとらず、ジャーキーなどおやつだけを食べるという。栄養面で心配だが活発ではあるので様子見。

病室に戻って妻にどのぐらい吐いたのか聞くと、200ccぐらいという。

その後、母が持ってきてくれたスロージューサーで絞ったリンゴと人参のジュースと豆腐の味噌汁を少しづつ口にして横になる。もはやそれだけのことで疲れきってしまう。

点滴3本目。ナースKさんによると、点滴は通常のドリップで1/20cc、張り付きの細いタイプで1/60ccらしい。つまり、500mLのバッグは500x20=10,000滴ということになるので、これを5時間で落とすには56060/10000=1.8秒の間隔で滴下するという計算になる。

もう、ベッド脇に置いたポータブルトイレで用を足すだけでも倒れそうになり、ベッドに戻るとぐったりしてしまう。あまりに体力が落ちすぎていて、どこまでも弱気になっている。

5:30pm頃、2度目の嘔吐。今度は緑色の液体ではなく、昼過ぎに食べた味噌汁の豆腐やわかめなどの形状が混じったもので、量は少なめ。どうも、スタバのカフェラテが要因らしい。

6:00pm頃、また吐きそうになり、胃液だけ吐いたところでストップ。

その後、ふたたび味噌汁とジュースにチャレンジ。

トイレに行くと疲れるので午後から2度しか行ってないが、一度あたりの尿量はかなり多い。相当我慢しているのだろう。

8pmにタペンタを飲み、9pmにグッドミン、それでも効かなければレンドルミン

なかなか出口が見えない。

4日目も止まらない嘔吐

繰り返す嘔吐で眠れない夜を過ごしたあと、6am頃、O先生が採血の結果を持ってきてくれる。

結果、とくに大きな栄養失調には陥っていないとのこと。

少し下痢をして、おむつを履き替える。

7am、めずらしく朝早くに起きている父から電話がかかってきて、迎えに来てくれることに。

7:30am、自宅へ移動中、愛犬の体調が悪いときかされる。早朝から5-6回吐いて、最後のほうは透明な胃液に血が混じっていたらしい。

家に戻って愛犬をみると、いつもの黒い鞄の中に入っていたが、私に気がつくと出てきた。たしかに少し元気がないが、まったく病気で動けないというほどでもない。ただ、何度も前足を伸ばして「伸び」のポーズをとるのが気になり、調べてみるとこれはお腹の痛みがあるというサインらしい。上腹部の内蔵、とくに膵臓などに問題がある可能性があるという。

近所の動物病院の光昇堂がオープンする9amまでに朝食を食べ、風呂に入っておく。9amになって電話予約してみると、救急なら早く処置できるが一般診察なら1時間待ちだという。

父の運転で9:30amに行ってみると、すでに25名の2時間待ちになっている。モバイルルータWiMaxの電波の入りも悪い。とても待てないので、父にはいったん帰宅してもらう。

11:30am、ようやく名前が呼ばれ、院長の佐々木さんにみてもらう。ひととおり説明して、過去に肝臓の数値に問題があったことなどを説明するが、一目見てそれほど重篤な状況ではないから経過観察でもよいと思うが、患者さんの希望もあるだろうから検査などしますかという。では一般的な血液検査をひととおりお願いします、ということにする。

さらに30分待ち、血液検査の結果を聞くと、やはりGPT (ALT) の値が17-78が正常値のところ151と高く、肝障害が疑われる。また、炎症反応を示すCRP値も正常値0-1のところ1.9と高く、またCRPを合成するのは肝臓なので、肝臓以外に炎症がある可能性が高いという。

リパーゼで膵臓の値が調べられていなかったが、ここが陽性だった場合にとる対策というと胃腸の問題に対する対策と基本的には同じと言われたので、数日様子をみて改善しないようならそのときに採血しましょうということに。

さらに30分待って会計、7250円。すでに12:30pmを回っている。

近所のうどん屋、滝根できつねうどんを食べて帰り、母から手渡された弁当と銭湯用の着替えと、昨日持ってきてもらったのよりも厚めのタオルケットをもって病院へ。

2pmに病院に到着。ハーゲンダッツのアイスクリームを買っていく。

すると、12pm頃に一度吐いたという。Sunkistのオレンジゼリーを食べられたというので、てっきり回復傾向なのかと思ったが。。。ゼリーを食べたのは吐いたあとの1pm頃だったという。

その後、私が疲れて少し眠っている間、4:30pm頃にまた吐いたようだ。

5pm、気分転換のため車椅子を出して9階へ。食べたタイミングと吐いたタイミングを考えると、それらの因果関係はあまりないと考えて、食べられるときに食べたほうがよいと話し、一応、売店で三つ葉と卵のスープ、Sunkistのゼリー、りんご蒸しパンを買っておく。

妻は疲れきった様子で、もう今回で化学療法を終わりにしたらダメ?ときいてくる。たしかに、この調子で14-16コースもやるとは考えるだけでも気が遠くなるので、答えに窮する。

6pm、さらに3度目の嘔吐。ずいぶん前からのことではあるが、筋肉の衰弱が進んでいるためか、疲れきって眠るときに、もうほとんど目が閉じないので、寝ているのか起きているのかわかりにくい。

気を紛らわせるためテレビをつけたりしたが、エマの続きを見たいというのでU-Nextを。

9pm、デキサート6.6mgを滴下しはじめた直後に4度目の嘔吐。

9:30pm、デキサート滴下の途中でもまた5度目の嘔吐。もう透明の液体しか出ない。

制吐剤の投与中に2度も吐いていたら、なんのための医療行為かという気がしてくる。昨日は7回、今日も5回吐いた。付き添う側も、いてもたってもいられず苦しい思いをするが、嘔吐だけは予防に失敗したらあとから打つ手は限られる。アプレピタントを強くお願いできなかったことを後悔するが、人生のこの段階で後悔ほどクソ役に立たないものもない。

その後、セルシン10mg滴下。妻の手を握っていると、ありがとう、ありがとう、ありがとう、と何度も繰り返す。

10pm、ようやく眠りにつく。

止まらない嘔吐

3日目に入っても吐くというのは今までと違うパターンだ。

6am過ぎ、気分転換したいというので、車椅子を出す。天気があまり良くないので、日光がみえない。9階までエレベーターで上がり、病棟の端から端までぐるっとまわってくる。10Fの緩和病棟をのぞく普通のフロアでは一番落ち着いてて見晴らしがいい。こんな早朝なのに、眼下では5面あるテニスコートが全部埋まっていた。

9am前、H先生がきて、次回からはDay 1前夜からマイナートランキライザーを使って落ち着かせ、アプレピタント(イメンド)を初日から使って全力で嘔吐を阻止しようということに。レスキューにはプロクロルペラジン。睡眠不足の原因かもしれないので、ステロイドを飲むの時間もやはり8pmではなく3pmに戻そう、ということに。

これで、DPC制度への移行の影響でイメンドを出してもらえないのか?などと邪推することもなくなったが、今回の嘔吐には手遅れなので、なんとも言えない気持ちになる。H先生はイメンドは当初から嘔気予防でいちばん重要な薬ではないと言い続けていたが、NCCNの制吐薬ガイドラインではVACレジメンの現在の用量はhigh emetic risk群で、はっきりとアプレピタントは必須だとされていた。

しかし、主治医にエビデンスをたてに異論を唱えるというのはとても勇気がいる行為だ。イメンドが3日分セットで12,000円の薬価が設定された高価な薬剤であることも知っていたし、5-HT3拮抗薬(アロキシ)などの高価な薬も併用しているので、この世は正論をふりかざして問題が解決することはめったにないし、病院経営の視点、あるいは患者や家族にはいえない別の事情もあるのかもしれない、などと忖度してしまう。

妻が、治療のつらさを訴えてくる。抗がん剤治療でなく、放射線など他の方法にしたい、といってきて、この副作用に苦しんでいるのが痛々しいほどわかる。「笑顔でいたいけど、一年以上もかかる治療で、何を目標にすればいいのか、どうすれば明るくいられるのかわからない」という(VAC療法は、本来の横紋筋肉腫に対しては14サイクル、最短でも10ヶ月以上の投与期間となる)。私は、治療が長いからこそ、今を大事にしよう、病院にいるこの時間をただ耐えているだけの時間としてとらえるのではなくて、抗がん剤の副作用がない日々はここでの生活と考えてエンジョイしよう、といった。「おれはIのそばにいられるだけで幸せなんやで」と言ってる途中で、本人の前では見せないようにしていた涙が出てきてしまった。

しかし、これまでは体が痩せてガリガリになってもお腹だけは大きく妊婦のように膨らんだままだったのが、病衣の着替えのときに明らかに平たくなってきたことに気がつく。つい3日前の火曜日、一緒にシャワーに入ったときにはお腹は大きかったのをみていたので、はっきりと感じる。抗がん剤は効いているに違いない!

12pm、アイスクリームなら食べられるかも、というので、自転車でイオンのマクドナルドへシェイクを買いに行くことに。ついでに水、ヨーグルト、カツ丼などを買って帰る。

1:30pm、突然吐く。ここまで長い期間、嘔吐が続いたことはないのだが。。。マクドナルドのシェイクで急にお腹を冷やしたのも良くなかったのかもしれない。

しっかりイソジンも使ってうがいして口をスッキリさせたあと、気分転換のため2度目の車椅子。途中、スタッフステーションにいるH先生にきかれて、また吐いた、といわなければいけないのがちょっとつらかった。でも、つらい状況が続いている事実を正しく認識してもらったほうがいい。

行ったことのない最後のフロア8階へ。しかし、昼過ぎは談話室もごったがえしていて、居場所がなかったので9階へ。少し席に余裕があるのがうれしい。少し見晴らしのいい景色を眺めたあと、外にでてみることに。

病院を出て右回りに、自転車置き場へ抜けて、上から見ていたテニスコートが見える位置で車椅子をとめてしばらく観戦。ポーン、ポーンと小気味よい音がきこえる。女性2人組のペアが男女のペアを押していた。女子のほうが強いんだね、といって一緒にクスクス笑う。

その後、さらに進んで少しだけ海岸のほうまで行ってみて、2:30pm病室に戻ってきた。

体重をはかってみると、さらに減少して37kg。

4pmに緩和ケア科のN先生がきて色々と相談。体力が落ちてたらもっと積極的に高カロリー輸液などを使ったほうがいいようにも思うのだが私は抗がん剤治療の経験はないし、そこはH先生の領域なので口出ししにくい、などと本音を聞ける。N先生の担当されてるがん患者は20名程度だが、終末期患者が多いので抗がん剤をやってるのは半数ぐらいらしい。以前に話していて関西弁がポロリと出てた話をふると、姫路で働いてたことがあって、小さい頃から転勤族だったので現地の言葉にすぐ馴染むたちらしい。自分たちも京都で知り合って、夫婦間では関西弁で会話していることなどを話してほっこりする。

その後、ちょっとだけテレビをみて、3度目の車椅子。

6階、9階と行ってから外出して、ローソンの近くまで行って職員用の駐車場を通って戻ってくる。

これだけのことだが、妻は疲れ果ててしまったようだ。まったく体力がなくなっている。妻は、H先生に体重のことと栄養状態のことについて相談したいようだ。

5:30pm、理学療法士のT先生がきて、足をマッサージしてもらう。ここのところ妻は積極的なリハビリができなくて、もっぱらマッサージをしてもらっている。終わった後も、やっぱり足首のしびれがあるようなので、私が追加でマッサージ。先生のマッサージはやさしくて弱いからあまり効かないんだよねー、という。昔から妻の足首マッサージをしていた私は、かなり強めにギューっと押したほうがいいと知っていたので、やはり慣れた人間がやるのがいいのだろう。もしかしたら、このしびれも栄養失調と関係あるかもしれない。

7pm、先生がこないので一人で食堂へ行ってカレーうどんを食べてくる。

9pm前、映画をみてる最中に3度目の嘔吐。血糖値125で、数値自体には緊急を要する事態ではないが。。。

というわけで、さらに点滴を追加。今日、この4本で合計500kcalらしい。高カロリー輸液についてもナース副看護師長Kさんに相談してみる。

9:30pm、さらに4度目の嘔吐。さすがにひどすぎる。300ccぐらい嘔吐。

9:45pm、睡眠薬としてジプレキサを飲む。

しかし1am、またしても吐く。5度目の嘔吐。もう、見てるこちらが限界。。。

3am、6度目の嘔吐。

3:30am、7度目の嘔吐。もう吐くものもないので、緑色の胆汁ですらなく、白い液体のみ。

何度も何度も妻の苦しそうな動きで目が覚め、ナースコールし、吐瀉物をビニール袋をかぶせた容器で受け取りながら背中をさすり、いっぱいになると別の容器で交互に受ける。その間にビニール袋を新しいものとさしかえ、容器が常に妻の口元にあるようにする。看護をするだけでも神経をすり減らして大変なのに、当事者である妻の苦しみはいかほどだろう。

4:30am、O先生の手引きでジアゼパムセルシン)点滴。同時に採血も。呼吸停止のリスクがあるので、滴下中はO先生が付き添う。このおかげで1-2時間ほど眠れたが、結局はその程度で終わってしまう。

5度の車椅子散歩

昨夜から早朝にかけての3度の嘔吐でバタバタし、睡眠不足で消耗しきっているところ、6amに同僚からの仕事のメッセージでそのまま起床。投資家対応で急ぎの用件なのですぐに電話して欲しいと言われる。

妻のそばを離れたくないので、病室から電話する。なるべく静かに過ごさせてあげたかったのだが、仕方がないので小声で話す。なるべく、妻に漏れ聞こえる話の中身がポジティブなものとなるように、意識して話をする。

とうとう妻が苦痛のあまり「しんどい。どうしたらええんやろう」と言ってくる。自分には、背中をさすってあげることぐらいしかできない。その後もまた「今回は今までで一番しんどい。どんどん蓄積していくんかなぁ」と不安を口にする。

なぜ、妻がこんな目にあわなければいけないのか。自分には何ができるのか。

7am、気分転換のため、車椅子を出して病棟内を散歩し、少しだけ朝日の光を浴びる。しかし、やはり体調がすぐれないのですぐに病室に戻る。

何度も大便に行くのでほとんど尿測ができない。まずウルソだけ飲む。

8am、もってきてくれた薬のうち、デカドロン4mg錠とナゼア0.1mg錠をまずのむ。吐き気が心配なのでタペンタは保留。ナゼアはあてにできないがステロイドのデカドロンは吐き気の緩和が期待できる。せっかくオピオイドを経口剤のタペンタに切り替えたのに、吐き気が強くなった今となっては飲むことがつらく、点滴のほうが良かったと思えてしまい、もどかしい。

朝だけで4度目の下痢。さすがに疲労困憊だ。

その後、落ち着きがなくベッド上でそわそわするので、タペンタ100mg飲んだところでふたたび車椅子を出して日を浴びにいく。またすぐ病室に戻る。

H先生がきて、今日はタペンタの残り25mg飲まなくて100mgだけでもいい、と言ってくれる。吐き気の苦痛のほうが痛みより大きいのでありがたい。また、食事がとれてないので点滴で補液を3本。ステロイドは、いつも8amと3pmで夜に効力が切れる傾向があるので、なるべく血中濃度が安定するように8am/8pmのサイクルでもokとなる。いずれにせよ嘔吐で眠れてないので、ステロイドの副作用よりも作用の不足を考慮するべきだろう。

どうも、お腹の音が弱いらしい。胃腸がうまく動いてないようだ。

ベッドの上で落ち着かず、ずっと起き上がったり変な姿勢で横になったりして苦しんでいるのがわかる。

気分転換のため、3度目の車椅子。途中で緩和ケア科のN先生とバッタリ会い、昨夜大量に吐いたこと、タペンタ100mgしか飲めなかったことなどを伝える。とりあえず、100mg飲めていればいいだろうと言ってもらえる。

昼前で太陽が真上なので、外まで出てみることに。正面玄関から右へ、日の当たるところまで行き、逆に取って返して通用口方面へ行くと風が強かったので引き返す。売店で手鞠寿司とポカリを買い、談話室へ。妻のアイスティーを病室の冷蔵庫から持ってきて、ひとりで手鞠寿司を食べながら、広い窓から見渡せる外の景色のいろんなものを見つけては談笑する。

いつも病棟にいる耳の遠い背の曲がったおばあちゃんのこと、煙の出ている煙突のこと、近場の古いマンション、100円ショップや、ボウリングのピンが屋上にある建物、銭湯にいるヤクザの身の上話、父の高松時代の昔話などなど。

こんなひとときが、じんわりと温かい。

病室に戻ってからも、やはりベッドで落ち着かない様子だったので、ソファのところにきて寝てもらう。両足を私の肩の上に乗せて足首のアキレス腱を強めにマッサージしてやると、気持ち良いという。昔からよく、一日中歩いて疲れたときなど、足首が痛いといって、こうして足首のマッサージをしてあげていたことを思い出す。

そうこうしている間にも、やはり落ち着きがなく、「ぼくはIに何かをしてほしいって言ってもらえると嬉しいんだよ。だから、車椅子を出して欲しいって言ってもらえると、すごく嬉しいんだよ」と伝えておいたからか、また外に出たいという。

4度目の車椅子。

途中、談話室が大掃除中でテーブルや椅子がどかされていた。

天気がよく、暖かい。妻は、ストールとケア帽子とマスクを身につけている。今度は、病院の正面玄関からスロープをおりて、右回りで駐輪場に行く。「これが借りてるチャリ(自転車)やで」と見せてあげながら、駐輪場を抜けて裏手へ出る。ほっかほっか亭のある側の海岸を見ながら回りこみ、遠隔地から住み込む医師用の宿舎を右手にみながら駐車場方面へ。駐車場の隣にある広い緑の公園のようなところも歩いてみる。その後、去年末にお世話になった救急外来をみながら通用口から病院へ入る。

その後、すぐ病室には戻らずに、6階の談話室に行ってみる。1階上がるだけで、いつもと違う景色がひろがり、テニスコートでプレイする人々の姿がよく見える。自動販売機でお気に入りのFauchonのレモンティーを買い、外を眺めていると、母からFaceTimeのコールがあり、病室にタオルケットと新しいピローケースを持ってきて、寝袋を持って帰ったときく。その後、妻は疲れたのかテーブルで突っ伏して寝ようとするので、病室から枕を持ってくることに。妻が寝てる間に読もうと、母が図書館から借りてきてくれた日野啓三の「都市の感触」も持っていくが、結局、談話室が寒いので病室に戻りたいという。

病室に戻って、ソファのところで横になったりしてみたが、やはり落ち着かず、ベッドに戻る。何度もトイレに行き、下痢を繰り返す。

その後、H先生がきて、出来る限りの吐き気コントロールはしているのだが、次回からは予期嘔吐のための薬も使おうという話に。先生はいつも親身に話を聞いてくれる。はじめて、妻が自分のことばで副作用のつらさを訴える。ぼくからも、今までで一番つらい一日だということを伝える。先生は、薬はもう飲まなくていいと言ってくれる。それから、下痢も続くようなら薬を出すとも。

理学療法士T先生がきてくれて、妻はしんどいのでリハビリはできないが足首のマッサージをしてほしいと自分から伝える。

いよいよ、午後だけでも数回の下痢(完全な水便)が続いたので、下痢止めの薬をお願いする。ロペラミド錠剤。

5:30pm、5度目の車椅子。

ちょうど出ようとしたところで緩和ケア科のN先生がきて、嘔吐や倦怠感などについて相談。タペンタは100mgで良いと再確認。足首の疲労感で落ち着かないことを伝えると、むずむず脚症候群かも知れないという。治療薬としては飲み薬になるというので、詳しく聞いてみると、やはり精神系の作用とのことで、ジプレキサとの併用が大丈夫かたずねると、そういえばジプレキサの副作用にも似たような症状の報告があるので、とりあえず長期投与しているジプレキサを止めようということに。

その後、車椅子で各フロアの談話室めぐりをしてみようということで、次は7階へ。また違った種類の自販機や、リハビリの器具が置いてある。次は一気に10階へ。ここの談話室は圧倒的に見晴らしが良い。そして1階に降りて行くが、外はもう日が落ちていたので、売店で塩さば弁当だけ買って帰ることに。

その後も足首の痛みが収まらないようなので、残っていたモーラステープで局所麻酔を試みる。

しかし、あまり効果がないようで、やはり落ち着かないので、今度は浮腫対策用のバンデージで足首を締めてみることに。

8pmにデキサメタゾン4mg錠とタペンタ100mg錠のみ飲む。

下痢もようやくおさまってきた。

しかし、8pmに飲んだステロイドの影響で眠れない。

11:30pm頃に睡眠導入剤グッドミンを出してもらったが、1時間ぐらいウトウトしてまた目が覚めたので、今度は睡眠薬を出してもらおうとしたが、もう出せないと言われて却下される。

と思ったら、深夜3amにいきなり吐いた。

8pmに飲んだステロイドも効かなかったようだ。

目まぐるしく感情が揺さぶられる一日。

VAC療法C3D1、急転直下の体調不良

今日は3サイクル目の抗がん剤の日。

妻の体調がよくない。

夜中に何度も寝返りをうっているのがわかる。もしかして、昨日のシャワーで冷えて風邪をひいてしまったのだろうか。今日から抗がん剤ということで、予期不安で体調が悪くなるということもあるのかもしれないが、本当に体調が悪い場合でも抗がん剤は決行すべきなのだろうか。よくわからない。よくわからないが、時間は無情に過ぎていく。

6am採血。

7:30am過ぎ、元気も食欲もなくずっと横になっている。少量の食事で栄養バランスを良くするため、グラノーラ&ヨーグルトだけ食べてもらう。

9amから抗がん剤の準備開始。つなぎなおしたポートでも点滴がまったく落ちないので、H先生にフラッシュしてもらい、吐き気予防のアロキシ0.75mg&デキサート9.9mg滴下開始。順調に終了。

血圧111/77、脈72、酸素97。

体重の減少を報告したのだが、投与量はさほど減量されていない。

11am前からコスメゲン開始。11:22am終了。

ウロミテキサン(メスナ)の注射にH先生がいなかったので、女医のH先生が担当してくれる。

11:30amからエンドキサン開始。今日は順調に滴下。12:30pmには終わりそう。

足のしびれが強いらしく、足を挙上して足首マッサージする。さらに弾性ストッキングも着用。エンドキサン滴下中に便意があり、小・大と続けて。また、吐き気も強くなってきたようで、吐きそうだという。

ベッド脇に行って手を握ると、無言で握り返してくる。あまりに苦しそうな姿に、自分も思わず涙目になってしまう。

昨日までの絶好調はどこへ行ってしまったのか。

毎週水曜日の1-10スケールのアンケート用紙に、痛みが1である以外は吐き気、倦怠感、不安、気持ちの落ち込みなどほぼ全ての項目に10をつけている。本当につらいのがわかるが、どうしたらいいのかわからない。

昼食は、食べられないというので、売店でゆずシャーベットとひがさのコロッケミックス弁当を買ってくる。かろうじてシャーベット半分のみ食べてウルソを飲む。

ようやく眠りについたので、2pm前、3日ぶりに風呂へ行くことに。昨日はミーティングと雨でタイミングを逃してしまった。吉野湯へは病院から自転車で5分かからずに着く。

平日昼間のこの銭湯は、刺青の人たちを結構みかける。この病院の近くには花街があり、そこに縄張りを持っているヤーさん達が常連なのだろう。

風呂あがりに、せっかく自転車できているので、片原町商店街のほうへ。Google Mapsで「小麦工房パン屋さん」というベーカリーを見つけていたので、立ち寄ってみる。店の人にきくと、7amからオープンという。妻が元気になったときに見せられるよう、とりあえず写真だけとって何も買わずに出る。

3pm過ぎ、病室に戻ると、ちょうど母が弁当をもってきてくれた。1ヶ月ぐらいソファで寝るときの布団として使っている白いタオルケットを洗濯のために持って帰ってもらう。

3:30pm、O先生の手引でメスナ注射。

4:30pm前、吐き気対策でH先生が頓服のプリンペランを2時間置きで処方してくれ、ナースOさんの手引で横から静注。

7:30pm、先生はもういないので、ウロミテキサン643.63mgを点滴経由で。

8pm、タペンタ。100mg錠を飲んだところで強い吐き気に見舞われたので、いったん残りの25mg錠を引き上げてもらい、すぐにプリンペランをオーダー。同時にアイスノンを出してもらい、後頭部や足首を冷やしてみる。

テーブルの上に足をのせたり、いろいろやってみるが、結局はベッドの機能で足を24度まで挙上することで落ち着く。

9:30pm、就寝。

と思ったら、

10:30pm過ぎ、突然の嘔吐。大量で、うがい受けが一杯になってビニール袋を交換している最中にもうひとつのうがい受けに吐いてしまった。

3:30amにも2度目の嘔吐。直前に入れた座薬の制吐剤が便意をもよおし、効果のでてくる15分も我慢できず5分ほどでトイレに駆け込んでしまった。排便自体は一応あったらしい。

5am過ぎに3度目の嘔吐。プリンペランの注射は何度も腕に刺すので痛いし、今回は2/3まで入れたところで腫れてきたので中止に。

プリンペランは効かないとわかっているのに、吐き気に苦しむ妻の姿を見るのが耐え難い。

最悪の状況だ。

点滴フリー、一緒にシャワー

朝、起きても痛みはないという。

そのかわり、足の裏のピリピリしたしびれが昨日よりも強くなっているようだ。一難去ってまた一難。また、体もだるいという。

8am、タペンタを100+25mg飲む。

10am、H先生がきて、とうとう最後の生食も抜けて完全な点滴フリーに!

何にもつながれていない状況というのは、本当に素晴らしい。大声で「やったー!」と叫び出したい気持ちに駆られる。

もしかしたら、このままどんどん良くなって退院できる日がくるのではないか?もしかしたら奇跡的に治ってしまうこともありうるのでは?と思わずにはいられない。

ただ、また明日から次のサイクルの抗がん剤が始まるので、ポートの針は残したままに。足のしびれは、おそらく抗がん剤の副作用だが、温めるなどして悪くならないように工夫していくしかない、とのこと。

その後、妻と一緒に全身シャワーを浴びることに。看護師に頼らず、自分の手だけで妻の体を流してあげられるのは、アメリカで入院していた5月以来だ。浴室にはOさんが足湯も用意してくれていた。ポート部を濡れないようにガーゼとフィルムでしっかりカバーして、椅子に座っている間に足から頭まで全身をくまなく洗う。タオルは使わずに、手だけで。なぜか着替え室がやたら寒いので、浴室内で着替えを済ませる。その後、病室に戻ってシーツ交換を待つ間にドライヤー。二人ともスッキリ。

風呂にはいってるとき、仙骨の突起が左右対称に浮き出ていることを言ったからか、そのことを気にするようになり、寝ているとそこが痛むという。今まで何も気にしてなかったんだから、気にしすぎだよと言って流す。

昼前、体がかなりだるそうだ。鼻もよくかむ。もしかしたら風邪をひいてしまったのかもしれない。一日ずっと寝ている。

1pm過ぎ、母が弁当と洗濯物を持ってきてくれる。妻は目を覚まさない。

3pm過ぎ、作業療法士のMさんがきてくれたが、妻の体調が悪いのでリハビリはせず、しびれた足のマッサージをしてくれる。

その途中で談話室に行って仕事。

6pmに戻るも、やはり食欲がないといい、無理にほんの少しだけ弁当を食べる。

7pmからフォンブースでミーティング。

9:30pm前に病室に戻る。ようやく少し目が覚めたようで、U-NextでPsycho-Pass 2、エマ、バジリスク甲賀忍法帖、Rainbow二舎六房の七人をみて就寝。

夕焼け

夜中の1am過ぎに一度起きただけ。昨日も疲れたからよく眠れたのかな?

5:30am起床、そのまま採血。

触ると足の甲と足の裏がピリピリするというので、経過をみていくことに。ビンクリスチンの末梢神経障害の副作用が出つつあるのかも?

朝食は五剣山バウムクーヘン残り最後の一切れ、売店で買ってきた昆布おにぎり、グラノーラ&ヨーグルトを少し。朝食は結構しっかり取れるようになってきた。

9am前、トイレで入れ違いになったO先生に採血結果をプリントアウトしてもらう。白血球は3.5で正常値をほんの少し下回り、ヘモグロビンも9.7と少し下がってしまったが、ALPとγ-GTPは改善傾向。ウルソが効いてくれているのだろうか。

今日もずっと眠気が強いようで、目を覚まさない。

午前中は談話室で仕事。

ナースが置き忘れた伝票をみると、50mg/5mLオキファスト注4A、速度0.6ml/h、生食500mL:1袋、速度20ml/hなどとある。

昼食は売店で買ってきたマルシェのステーキ弁当。

3pm、H先生がきて、血栓の数値も改善してきたので、今後は女性ホルモン補充のパッチを出していくと説明。ジプレキサをやめるかどうか考えたが、ザイディス錠という剤形の都合上、5mgの半量のものがないので減量もできず、抗がん剤の吐き気予防に効いてるかもしれないので、とりあえず継続する方向で。

4pm過ぎ、緩和ケア科のN先生がきて、1/3づつ入れ替えていくなら本日からタペンタを100->150mgにすべきだが、同時に減量も試みているため、125mgにして、いよいよオキファストを止めることに。タペンタにはレスキューがないので、吐き気の副作用の可能性が低いフェンタニル舌下錠を第一選択、オキシコドンの粉末をバックアップとして試してみることに。

その後、談話室でまた仕事。

5:30pmに戻ると、薬剤師のHさんがきてアブストラル舌下錠とオキノーム散について説明中。タペンタの50mg錠剤を7月から扱うようになるらしい。

7pm、夕焼けをみに車椅子で病棟の西へ。あまりに美しい日没に言葉を失う。談話室に飾られていた花も華やかで美しい。

8pm、タペンタを125mgに増量。

10pm、いよいよオキファストが抜けて生食一本に。明日の朝にはこれも抜けて、いよいよ点滴フリーに!