ある卵巣がん患者配偶者の記録

2015年1月から9月までの戦いの日々

散髪、捨てる神あれば拾う神あり

千葉の先生からの返事はこず。

朝食はカロリーメイト缶とクリームパン一口。

医師主導治験や自主臨床試験について調べたり、日本医療コーディネーター協会に問い合わせしてオプジーボを自費診療で投与してくれる医師について問い合わせたりする。今さら東京に行くのは不可能だろうが、だめもとで銀座のクリニックにも電話してみるがすでに夏季休診に入っている。

賃貸に出したラスベガスの家のはじめての家賃収入の入金を確認できたので、いよいよアメリカでの医療費の支払いを開始。オンラインで支払えるところの支払いを進めていく。

昼食は、ひとりで食堂へ行ってカツカレー。

その後、病院内の理髪店へ髪を切りに行く。介護の邪魔にならないようにと、妻が好きな短い髪にするため、思い切ってバッサリ刈り上げる。理容師の人と、少しだけ入院生活や付き添いの経緯について話す。店内ではWhitney Houstonの曲ばかりがエンドレスでループしており、なぜか少し泣けてくる。

夕方になって、日本医療コーディネーター協会のMさんからメールへの返信がある。内容も協力的かつ具体的で、四国にいる協会の看護師を探してくれるという。なんとかなるかもしれない!という希望に胸が踊る。捨てる神あれば拾う神ありだ。

理学療法士T先生のリハビリ中、妻が苦痛から右足をベッドの柵の上に乗せているのが血行や皮膚に負担がかかるので何とかしたほうがいいと言われ、ダイソーで緩衝材を買ってきて巻きつけることにする。

母の運転で湯楽温泉へ。髪が短くなったので洗うのが楽になった。

戻ってから、緩衝材で柵をぐるぐる巻きにして、足を載せてもそれほど一点に強く圧がかからなようにできた。

妻の夕食は、人参ジュース。自分は弁当。

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その後、2時間ほど仕事をする。

便漏れはなくなってきたので、テープタイプおむつ+尿とりパッドからパンツタイプのおむつに戻す。

9pm過ぎ、セロクエル

10pm過ぎ、ロヒプノール半錠、リリカ2錠。

6amまで眠る。

お腹の張りが苦しい

千葉のクリニックから断念メールがきたのに対する対策を両親と話し合う。

体温37.5度。

お腹が張って苦しいので食事も水も欲しくないという。

朝食もとれず、昨日の残りの人参ジュースのみ。

精神科I先生と緩和ケア科N先生の回診があり、お腹の張りが苦しいということを伝えると、メサドンの経口投与は厳しいだろうということで、今日からオキファストのPCAへの切り替えと、膨満感緩和のためロピオン+リドカイン持続という謎のコンボが開始。また、オピオイドの増量による夜間の呼吸抑制への影響を考えて、ロヒプノールを1錠から半錠へと減薬することに。

昼頃に清拭と洗髪をしてもらう。

2:30pmに遅い昼食で、妻はカロリーメイト缶、葡萄、梨、鳥レバー2個。

一週間ぶりの作業療法士M先生のリハビリで、左腕を持ち上げると右首が痛いというので、よく見ると右首に浮き上がった筋肉に右顎の骨が食い込んでいるのがみえ、顔をあげれば大丈夫と確認。ずいぶんと顔が骨ばってきてしまった。

3:30pm、1日のトイレの回数が減ってるのでトイレ行きましょうということになるが、動くたびに腹圧がかかって脱糞してしまい、病衣、シーツ、おむつ、尿取りパッドも交換することに。

昼食は妻はとらず。私は2:30pm頃に昨夜食べなかった弁当を半分ぐらい食べ、ほとんど廃棄。

湯楽温泉に行く前、妻がH金庫の定期を解約するため、証書と委任状と免許証を義母に送るため郵便局へ。

5:30pm頃に銀行に電話したようだ。

夕食は、母が作ってくれた弁当の焼き飯を1/4ぐらいとおかずを少しづつ食べる。

やはり、ちょっとでも食べるとお腹の膨満感が強くなるようだ。

妻の不安を少しでもやわらげるため、できるかぎり一緒にベッドで横になり、添い寝しながら話したり、動画をみて気分を紛らわしたりする、いつもの時間の過ごし方。

9:30pm、セロクエル

10pm過ぎ、ロヒプノール半錠とリリカ2錠。

とくに減薬の影響もなく、6:30am過ぎに起こされるまで眠れたようだ。

お断り

8amに起こされたとき、大量の寝汗をかいたので軽く拭いて着替え。

オキファストの0.5mL/hrが適量だったのか、起きたときはあまりフラフラしていない。タペンタ100mgも飲む。

しかし、ベッドで端座位になる移動で強い痛みが出てきたらしく、オキファストでフラッシュしてもなかなか効かない。ふたたびベッドに横になり、足を曲げた姿勢で痛みに耐える。

結局、15分後に2度目のフラッシュをして、1.0mL相当になったら効いたようで、また眠りはじめた。

O先生の回診で腹部の張りをうったえると、エコーでみてもらえることに。

10amの検温で体温35.9度。オキファストのフラッシュしてからトイレすることに。おむつにコロコロ便がひとつ出ていて、出口まで便が来ているようだったので、そのままベッド上で浣腸して排便することに。

11am過ぎまでの間に2度の排便。けっこうな量が出たようだ。

父が迎えにきてくれ、M医院へ。実はM先生から午前中に電話があって、お断りしようと思うという話をされたらしい。それだったら今日これから行く意味もない!と憤慨するが、いろいろ動いてくれた人に対して失礼だから話だけでも聞きに行こうということに。

途中、Joyfullで一緒にランチを食べながら、オプジーボを投与する覚悟について父と話し合う。

昼食はイオンで昨日買っておいた冷やし中華をしっかり食べられたようだ。

1pm、M医院にてM先生と同席して小野薬品のKさんからオプジーボに関する説明を受ける。予想どおり、国内ではメラノーマ以外の適応外使用は一切認められておらず、全例調査での使用成績調査になっていると説明。そもそも、小野薬品が出てきてOKというはずがないので、はいはいと話は聞く。パンフレットに乗っているような知っていることばかりで目新しい話はなし。M先生としては、私ががんばりすぎているのをなだめたいようだが、そんな中途半端な覚悟でやっていると思われているのだろうか。

その後、自宅に戻ってから、父と母をまじえて治療方針について話し合い、最終的には納得してもらう。M医院がダメだったので、早速Sクリニックに電話するが、担当のTさんが不在で折り返してもらうことに。

また、妻からの連絡で、3年前に胃がんで亡くなった義父の相続で大事にとってあった定期預金の証書を義母に送ろうとしていたが、金額が大きいのできちんと手続きができるか、地元のH金庫に事前に問い合わせて確認してもらうことになったらしい。

風呂から上がってきた頃にTさんから電話がかかってきて、二回分の血液検査データと副作用が出たときの主治医の協力の約束、投与方法についてさらに検討するとの答え。

病院に戻る途中でレディ薬局でムーニーのおしりふきを買っていく。

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病室に戻ると、理学療法士T先生のリハビリで、右足を持ち上げて高くすれば伸ばせるということを発見。

N先生が私の戻るのを待ってくれていて、明日からメサドンに変えるかどうかの相談をするが、明日からはオキファストのPCAになるので、わざわざ飲み薬にする必要もないだろうということで、オキファストのPCAでいけるところまでいくことに。

その後、Sクリニックの院長から電話がかかってきて、今回の件は対応できないと言われてしまう。リスクが高い話なので理解できなくもないが、話が完全に振り出しにもどってしまった。。。

紙おむつを節約するため、尿とりパッドを2種類買ってくる。

体温36.8度。

不在中、O先生がエコーで腹部の膨れをみたが、とくに水はたまってないということだったらしい。妻はその結果に不信感をもっていて、他の先生にも診て欲しいという。かなり膨満感が強いのだろう。

9pm頃に遅い夕食をとろうとしたが、二人とも食欲がなく、妻は鳥レバー2個のみ、私は人参スープと味噌汁のみ。この時から、妻がお腹の張りを強く意識するようになり、食事をあまりとりたがらなくなる。悪いニュースが重なって不安が強くなったのかもしれない。

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10pm頃、千葉のI先生からもお断りのメールがきて、茫然自失。今日、これだけ頑張って、この仕打ち。

もうヘトヘトで考える気力も残ってないので、とりあえず寝ることに。

2am頃にいったん目が覚める。

5am頃に目が覚めてみると、右足が相当痛そう。何度フラッシュしてもらっても良くならないので確認してみると、オキファストの持続が0.7に減量されている。呼吸抑制が起きていたかららしいが、すぐに1.0に戻してもらう。

その後はなんとか8amまで眠れたようだが、私は寝付けなかった。

答えはない

体温は36.9度。

朝食は母の焼いてくれたパン1/4とココナッツオイル、葡萄2粒、カロリーメイト缶。

9am頃、痛みが出たのでオキノーム。

10am過ぎになってもまだ眠気がとれず、歯磨きをしながら何度も取り落としそうになる。

検温時、マグミット飲み忘れに気付き、2錠。

なんとなく昼食を食べるタイミングを逃してしまう。

父に電話をかけ、オプジーボの件で相談をする。このとき、「投与するんはいいとして、そのあとのことはどうするつもりなんや。Iちゃんがかえって長く苦しむようなことにならんか心配なんや」と言って涙声になる。「そこは俺も答えはない」と答え、二人共涙声のまま電話を切る。

妻に泣いているところを見られてしまった。

泣き顔を洗っているときに母がくる。そのまま湯楽温泉へ。

4pm、体温37.8度。

妻と、今後の治療のことについて改めて話し合う。やはり、私の「絶対あきらめない」と言ったことをちゃんと心に留めておいてくれている。今日はどうしても話していて涙が出てしまう。妻の痛がる姿を見て弱気になっているのかもしれない。

夕食は、いつもの卵味噌汁とふりかけ白米、葡萄。私の弁当から厚揚げ豆腐とチキンの揚げ物を少しづつ食べる。

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Huluで「Under The Dome」、Crunchyrollで「マギ」を観る。

10pm、就寝。

2amに目が覚める。

5amに痛みで目が覚めて、オキノームを飲んでも痛みがとれないので、またオキファストのシリンジ点滴を設置。今回は先日の半分0.5mL/hrで行くことに。

8amに起こされるまで眠れる。

ニボルマブ投与計画が思うように進まない

7:30amまで爆睡。

しかし、寝ていたときの姿勢が悪かったのか、目が覚めたとたん痛みが強くでてきたようで、すぐにオキノームを飲むことに。

体温38.6度。

9amになるとすぐ、かかりつけのM医院と千葉のクリニックに電話して、薬の手配について相談。M医院が小野薬品に電話したことで話がちょっとややこしくなり、M医師が及び腰になっている。とりあえず月曜日にM医院に行って話をして、そこで投与がOKになれば振込することに。

せっかく薬の手配の目処がついたのに、なかなか投与を実行してくれるドクターが確保できず、焦りを感じる。

オキノームがなかなか効かず、薬を切り替えるかどうか悩む。

眠気のため朝食はスキップ。

昼食はイオンで買ってきたバタースコッチ風のデニッシュ、葡萄、カロリーメイト缶。

昼過ぎ、母が夕食、麦茶、水4本を持ってきてくれる。

夕方、母の運転で湯楽温泉へ。千葉のI先生からのメール返信が届き、今回の件はあくまでクリニックではなく個人としての案件であると説明される。日本の医療システムとしてはグレーゾーンを渡っている自覚はあるので、認識に齟齬はない。

夕食は野菜ジュース、卵の味噌汁を半分、ふりかけ白米、シジミの味噌汁の具を半分、弁当を少し食べる。

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10pm、一緒にベッドでHuluやCrunchyrollを観ていると眠気がきたので、ちょっと早めに眠剤を出してもらい、そのまま狭いベッドで一緒に寝ることに。

昨日から、冷房を28度設定の弱でつけたまま寝ている。風が直接顔に当たらないよう、毛布をかぶれば体調を崩さずに済みそうだ。

何時か不明だが、夜中に目が覚めて、妻を起こさないようにベッドからソファへ移動。

5:30am、トイレに行きたいなと思っていたら眠気でフラフラしていて足を動かした時に痛みが出たのでオキノームを飲んだらしい。

7am起床。

歩行障害が残る?

薬が効きすぎて全然目が覚めない。

9am前にN先生がきて、メサドン、硬膜外麻酔、くも膜下麻酔の3段階のオプションを提示される。メサドンに切り替えてもすぐに効果がでるかはわからないので硬膜外麻酔と悩むが、硬膜外麻酔は点滴に繋がれてしまう割にだんだん効きが悪くなってくるらしく、3ヶ月ぐらいが使える限界らしい。くも膜下麻酔の場合にはポートを設置したりもするらしい。

その後、国立がん研究センターに病理スライドをどこに送るか問い合わせたり、Sクリニックにエレベータの件や投与方法について問い合わせたり、かかりつけのM医院にも電話してニボルマブ投与してもらえるか相談してみたり、バタバタする。

同時にバックアップ・プランとして、他にもニボルマブ投与をやってくれるクリニックがないか調べておく。S市民病院、H病院、K内科医院、K医院の4つが候補としてあがり、ホームページなどで詳しく調べるが、いまひとつピンとこない。

遅めの朝食はカロリーメイト缶、母の焼いたパンを1/3、葡萄2粒。まだ薬の眠気が全然とれておらず、食べてる最中にカクカクして何度も手に持ったものを落とす。

ベッドで端座位になった状態で、右膝の感覚がなくなってしまったといい、痛みもないという。座った姿勢で、自分の右足の力で膝を伸ばすことができない。

1:30pm過ぎ、母が来る頃には、ようやく妻の目も覚めた状態に。

昼食は、朝が遅かったので、イオンの「橙の食べるスムージー」を飲んでもらい、自分自身は売店でおにぎりを一個買っていくことに。

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車で郵便局へ行き、国立がん研究センターへ未染色の病理スライド20枚を郵パック簡易書留の速達で送る。

その後、湯楽温泉へ行き、イオンで今晩の夕食などを買って帰る。

4pm、病室に戻ってくると、ちょうどN先生と話をしている最中。右側の膝・太腿・鼠径部の感覚がなくなってしまったのは、第3腰椎が障害されたからだろうと。残念ながら、歩行障害が残るだろうと言われる。第三腰椎だけなら、立った状態で支えることはできるが、立ち上がることが難しくなるだろうとのこと。

体温39.8度で、あまりに高いので急遽、O先生の指示で血液検査をすることに。また、ロキソプロフェンで解熱。大量の汗をかいたので、着替えさせてもらう。

結果、プロカルシトニンもほぼ基準値で細菌感染の疑いもなく、脱水その他も見られないので、CRPが4.57あることから、おそらく腫瘍熱だろうとのこと。

夕食は、イオンで買ってきた冷やし中華と稲荷寿司、弁当、葡萄を分けながら食べる。

体温は一気に平熱化し、36.9度まで下がる。

8pm、タペンタ100mgを飲んだあと、耳掃除をしたいというのでポシェットを渡す。そのあと、妻に膝枕をしてもらい、耳掃除をしてもらう。至福のひととき。

浮腫みが両足ともにでてきている。とくに右足のほうが強く出ていて、メディキュットの上端から足の付根にかけての腿に水が溜まっている。より広く全体をカバーできるアメリカの白い弾性ストッキングに履き替える。

その後、Huluで昔観ていた「Under The Dome」の続きを観ながらベッドの上にいると、また右膝の痛みが出てきたようだ。もう永久的に神経が障害されてしまったのかと思っていただけに、ちょっと嬉しいような気もするが、痛いのもつらいので、複雑な気持ちだ。

9:30pm、セロクエル

千葉のI先生から返事がきて、ニボルマブ支払い方法についての案内がくる。40mgバイアルを2つで80mgを投与することに。

10:30pm、リリカ、ロヒプノール。トイレで排尿をしてから就寝。足の挙上も忘れずに。

久々の車椅子

6amの採血で起こされた後も、昨夜の痛みで寝不足だったので二度寝

その後、二人とも寝てしまい、目が覚めたのは8am過ぎ。

遅めの朝食は9am頃に車椅子を出して食堂へ行き、モーニングとレーズンパンとロイヤルミルクティーを二人で共有。

その後、久々の売店訪問。新商品をじっくり見て回る。

病室に戻って検温などをすませ、気が付くともう正午。さっき食べたばかりな気がするので、1pmまで昼食を延期することに。

昼食は車椅子を出して売店へ行き、買ってきたものを談話室で一緒に食べる。マルシェの牛焼肉丼を白米を少し残してほぼ一人前食べる。ひがさのカツカレーも一口。

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その後、談話室で一緒に歯磨きしたり、iPadやパソコンを持ち込んで、日向ぼっこ。

このとき、母が弁当をもってきてくれたのを受け取ると、母はそのままジムへ。

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Sクリニックに電話して、オプジーボ投与の件がどうなったか確認すると、本日の夕方に電話をもらえることに。

2:30pm頃、清拭のため病室に戻る。

4pm頃、緩和ケア科N先生がきて、昨晩のできごとを話し、オピオイドのベースを倍にすることに。また、神経性の疼痛のためメサドンのことも話題にあがる。効きが直線的ではなく指数的なので用量の調整が難しいらしい。とりあえずはタペンタを50mg->100mgにし、オプソを5mg->10mgに。腰神経叢が障害されると体を丸くしたほうが楽になる傾向があるらしい?

5pm、母がジムから戻って風呂に行くことになり、Sクリニックに電話して1時間ほど不在にすると伝えると、メールかFAXで回答をいただけることに。

6:30pm、湯楽温泉から戻ると、Sクリニックから返答が。このクリニックは3階なのにエレベータがないので、歩けない妻をどうやってそこまで連れて上がるかが問題になりそうだ。

体温が38.6度もあり、測りなおしてみると39度、また測りなおすと37.9度と、安定しない。直接おでこをさわるとそれほど熱くはない。

その後、右下腕と右太腿に汗をかいているのに気がつく。やはり自律神経が乱れているのかもしれない。調べてみると、腰仙部神経叢浸潤症候群というのが該当しそうだ。

7pm、オプソ。

8pm、タペンタ100mg。

9:30pm過ぎ、セロクエル

10pm前、なかなか効かないのでオプソ追加。

どんどん痛みが強くなっているようで、このまま疼痛コントロールできず週末に入るのが怖いので、ナースYさんに直訴しにいく。N先生に電話がつながり、まずはオプソを倍量飲み、効かなければ点滴ルートをとってロピオン、それでもダメならオキファスト1.0mL/hrという段取りに。

オプソを2包飲んで背中をさすって様子をみていたが、やはり痛みが治まる様子がないのでロピオン。その後、眠っている間にオキファストのシリンジ点滴が設置される。

4am頃、妻の呼吸が分3回ほどしかなく、毎回ものすごく大きな音を立てて呼吸するのに気がついて目が覚め、苦しそうに思えて、ナースに相談。酸素の数値が87-92ぐらいで揺れていたので、酸素チューブ設置。

しかし、あまり呼吸パターンに変化なし。N先生は、用量を減らすと眠れなくなるかもしれないので時々起こせ?との指示。何度かナースIさんが呼吸回数をチェックにきてくれる。

結局、このまま明け方もうとうとしていて、起床時刻があいまい。