ある卵巣がん患者配偶者の記録

2015年1月から9月までの戦いの日々

卵巣ガンという病気

卵巣ガンは、早期発見がむずかしいため、silent killer(沈黙の病気)と呼ばれている。卵巣は子宮と違って外の世界とつながっていないので、出血などの自覚症状がまったく出ないことが多いという。「あれ、ちょっとお腹がでてきたかな?」と思って様子をみていたら水面下でどんどん進行していて、症状が出る頃には手遅れというケースが多く、現在でも50%近くがリンパ節や腹膜にまで転移した状態で見つかるらしい。

この数字は、アデノーマ・カルチノーマ・シークエンス(良性腺腫からのガン化)がみられる粘液性腺癌や、子宮内膜症およびチョコレート嚢腫から発生する類内膜腺癌・明細胞腺癌など前駆症状が存在する組織型に比べて、突然発生して腹膜播種を起こすde novo発癌の漿液性腺癌が全体の約半数を占めている、ということと関係が深いと思われる。

さらには、卵巣という臓器の物理的な事情もある。

ガンの診断は、多くの場合、疑わしい部分を切除して病理検査してはじめて正確な良性・悪性の区別がつく。しかし卵巣の場合には腫瘍が嚢胞のなかにできるので、針でつついて生検をしようにも穴をあけてしまうとガン細胞がお腹の中にこぼれて散らばってしまう。だから、画像や血液検査である程度のあたりをつけたら、あとは開腹手術をやって卵巣を摘出しないことには、なんとも言えないところがあるのだ。

このため事前に診断をつけることすら非常に難しく、また統計的には9割以上のケースでは良性なので、悪いものかもわからないのに大きくお腹を切って卵巣も摘出するという決断はなかなかできるものではない。だから、卵巣の腫れが5cmぐらいまでなら経過観察となることが多い。

前述のとおり進行の速いタイプも多く、定期健診で経過観察となったのに、それからたったの3ヶ月で進行してしまった、ということもよくあるらしい。体験者のブログなどを見ていても「つい先日に検査したばかりだったのに、なぜ?」というケースが少なくなく、読んでいて気が滅入った。

新しい抗がん剤の登場により治療成績は徐々に向上したが、ステージ3, 4の場合の5年生存率は30-40%にとどまり、婦人科悪性腫瘍のなかでも最も予後不良とされている。

年間の新規発生件数でみると乳がん68,000件、子宮がん23,000件に対して卵巣がんは9,900件と推定されているが、死亡数でみると卵巣がんは遠くない将来に子宮がんの数を上回るとみられている。

治療方法に関しては、現在ではEBMということで、エビデンスのある治療方法のデータが集められて標準治療のガイドラインが定められており、原則としてどこの病院で受けても基本的には同じレベルの医療が平等に受けられる、というのが現在の日本の医療システムの根幹となっている。

卵巣がんの場合には、日本婦人科腫瘍学会が治療ガイドラインをとりまとめている。この標準ガイドラインについてはもう何度も読み込んで内容をほぼ暗記していて、原文もあたってデータの参照ミスを指摘するメールを送ったりできる程度には理解を深めてきた。だから、H医師が説明した内容がこのガイドラインに準拠したものであることは、よく理解できた。

しかし、ガイドラインではそう決まっている、ということは理解できても、エビデンスで示されるデータからガイドラインが導き出されるロジックの間には飛躍もあるように感じた。

このときに感じた疑問を、のちのちまで熟考を重ねていくことになる。