ある卵巣がん患者配偶者の記録

2015年1月から9月までの戦いの日々

ガンは生活習慣病?

このブログを公開してから、ありがたいことに各方面から反響をいただいてます。

なかでも、医学博士の友人から「ガンと生活習慣はかならずしもイコールではないし、種別ごとに成因も予後も違うから、ひとくくりにした言説を広めるのはよくない」との指摘を受けました。

「ひとくくりにできない」というのは、まったくもっておっしゃるとおりです。たとえば、小児ガンを生活習慣病と呼ぶのには明らかに無理があるでしょう。

しかしながら、ひとくくりにすることが「良くない」かどうかという点については、私はちょっと違った考えをもっています。

私は「ひとくくりにできない」ことを前提としてもなお、「ガン=生活習慣病」と一般化して理解してもらうことには、害よりも益のほうが大きいと思っているのです。

その理由について、まず「ガンとは何か」というところから振り返ってみたいと思います。

ガンは遺伝子の病気

ガンという病気は、ひとことでいえば遺伝子の病気です。

細胞が分裂するときに遺伝子のコピーミスが起きて、期待した機能と異なる細胞ができてしまうという、それ自体はきわめて単純な、発生学的な現象です。

つまり、ガンは5億5000万年前の多細胞生物の登場とともに発生したのであり、ガンはあらゆる多細胞生物の宿命ともいえます。

事実、ペンシルベニア州カーネギー自然史博物館で、1億5千万年前の恐竜ディプロドクスの骨にガンの痕跡が見つかったりしています。

ところが、ガン発生のリスクは、生物種間で平等ではありません。チンパンジーと人の遺伝子は99%同じですが、チンパンジーのがんの死亡率は2%以下、人は30%です。人はガンになりやすい生き物なのです。

カルフォルニア大学のラスムス・ニールセン博士は、700万年前に共通の祖先からわかれた人とチンパンジーの1%の遺伝子の違いを詳しく調べ、人の精子を作る遺伝子に注目しました。人の精子は、進化の過程で絶えず増殖する特別な仕組みを獲得しており、ニールセン博士はその増殖の仕組みがガンとそっくりなことに気づきました。

人にはチンパンジーのような発情期がありません。それは、人類の先祖のメスが、オスに途切れなく食べ物を提供させて母子を守らせるための進化の結果だったと考えられています。

人は知性を向上させるため脳を巨大化させてきました。脳の容量は、250万年前のアウストラロピテクスでは500ミリリットル程度でしたが、現生人類は1400ミリリットルにもなりました。脳は体重の2-3%程度の重量に過ぎませんが、エネルギー消費は全体の約20%を使う燃費の悪い臓器であるため、人は大量のカロリーを必要とします。これを可能にしたのが「火を使った調理」であると言われています。加熱することで食料中の栄養成分の消化吸収率が向上し、限られた資源と時間のなかで効率よくエネルギーを摂取できるようになりました。

人は巨大な大脳への刺激を最大化するため未熟な状態で生まれ、24時間親に依存した状態が3年続き、さらに性成熟するまでに12年近くかかります。つまり、子育ての期間が長くなり膨大な投資が必要になったのです。この時点でメスだけによる単独での子育ては不可能となり、日々の食料をあつめてくるオスの存在が欠かせないものとなりました。

ところが、チンパンジーのメスのように妊娠可能期間に入ったことをオスに知らせるやり方では、オスはその時だけ餌を持ってきます。それでは長期間の継続したオスの支援が得られないので、人のメスは「いつでも交尾させる」作戦でオスを引きつけておく繁殖戦略を選んだのです。また、オスはオスで競争環境が変わったため、自分の子孫を確実に残すためにはいつでも子づくりができるように準備しておかねばならず、そのために精子が異常増殖する仕組みを発達させました。

そしてその仕組みが仇となり、ガンが生まれやすくなったというのです。

一方で反対に、ガンになりにくくするための進化上の選択も行われました。

京都大学山中伸弥教授は、iPS細胞でつくった臓器は増殖が止まらなくなってガン化することが多いけれども、実はiPS細胞そのものの基本構造自体がガン細胞と紙一重、あまりに似ているので同じものの表と裏をみているようだと述懐しています。

山中教授は、人間にイモリのような再生能力が与えられていないことについても言及し、結局、組織の再生能力というのはガンになるのと紙一重であり、つまり高い再生能力を持っているということは、その生物の足が切れたら確かに足が生えてくるかもしれないけれど、同時にガンができやすくなるということでもあります。足がなくても生きられるけれど、ガンができたら死んでしまうので、人のように50年以上も生きて10数歳まで生きないと次の世代を残せない生物は、再生能力を犠牲にしてでもガンを起こさないことを選択したのではないか、というのです。

なんとも奥の深い因縁ですが、この一連の話で押さえておきたいのは、重大なガン発生の素因のほとんどはヒト遺伝子にしっかりと焼きこまれているのであって、決してその運命から完全に逃れることはできないということです。

ガンは増えている?

さて、原理的にガン撲滅が不可能なのはわかったとして、ガンは生物学的に運命づけられた一定の確率でのみ罹患するのでしょうか。環境要因はないのでしょうか。

どうやらそんなことはないようです。以下は、1985年から2007年までの年齢調整ガン罹患率の推移です。(がんの統計 2013より)

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このように単調増加を続けています。このグラフでみるとあまり大きな変化にみえませんが、対数グラフなので実際にはもう少し大きな上昇カーブです。(なぜこのデータに対数グラフを用いているのかは謎ですが)

一般的にいって、診断技術の向上によって今までなら見つからなかったガンも見つかるようになれば、そのことでも罹患率は底上げされますが、このように継続して上昇を続ける場合にはその影響は相対的には小さいものです。

逆に死亡率は年齢調整でみるとやや減少に転じていますが、依然として死因のナンバーワンですし、おそらくガンになりたい人はいないでしょうから、ガンだと告知を受ける人が全世代で増え続けている、という事実が重要ではないでしょうか。

ここで皆さんによく考えていただきたいのは、ではなぜ増えているのかということです。環境要因・外部要因なくして、数十年ものあいだ罹患率が増え続けるということはありえません。ではこの数十年間にどんどん進行した変化とは何でしょうか。

いまや皆さんのうち2人に1人がいつか必ずガン告知を受ける時代ですから、このことの意味をよく考えていただきたいのです。増えている原因がわかれば、減らすこともできるはずだからです。

ちなみに、年齢調整をしなかった場合のグラフだとこうです。(ご存じない方のために。。。悪性新生物というのが、いわゆる「がん」のことです)

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もちろん、この急上昇は高齢化社会が主因ですが、むしろ皆さんの実感値に近いのはこちらのはずです。なぜならば、高齢の家族や知人がガンになった、というような体験の実数は、このカーブと同じ勢いで増えているはずだからです。

ですから、改めてハッキリさせておきますと、ガンともっとも相関の高い因子は、年齢です。細胞が分裂する回数を積み重ねるにつれ、遺伝子のコピーミスも蓄積していきますから、高齢になればなるほどガンになる確率が高くなっていくのは自然なことでしょう。

しかし、これほどポピュラーな病気であるにもかかわらず、ガンはよく誤解される病気でもあります。

そのうちの一つが、「うちはガン家系だから心配。。。」というアレです。

ガンは遺伝しない

冒頭でガンは遺伝子の病気である、といいました。しかし、ここではガンは(ほとんど)遺伝しない、という話をします。この違いがわかるでしょうか。

驚くほど多くの人が、遺伝子の病気=親から子へ遺伝する病気であるという、きわめて短絡的な勘違いをしています。

同じような疑問をもった研究者たちがいました。

もしガンが親から子へと遺伝する病気であるならば、養子になった子供のがん発症率は、養父母ではなく、実の両親から受け継ぐことになるはずです。

世界五大医学誌のひとつである「New England Journal of Medicine」に発表された大規模な疫学研究があります。その内容はというと、デンマークでは一人ひとりの血統をたどった詳細な遺伝情報の記録が存在しているのですが、その記録をもとに、生まれてすぐ養子に出された1000人以上の子供たちの実の親をみつけだして、追跡調査を行ったのです。

その結果は驚くべきものでした。

50歳までにガンで死亡した実の両親の遺伝子を受け継いでいても、養子に出された子供のガン発生リスクにはなんの影響も与えないことがわかったのです。むしろ反対に、養父母が50歳までにガンで死亡している場合、子供も同じようにガンで死亡する確率が5倍にも跳ね上がりました。

また、スウェーデンカロリンスカ研究所ノーベル医学生理学賞の選考委員会がある機関)による別の研究では、ほとんどの場合において、遺伝子が同じ一卵性双生児がガンになる確率は同じでないことが明らかになっています。その発表での研究者たちの結論は、「親から受け継いだ遺伝的な要因は、ほとんどのガンに些細な影響しかおよぼさず、環境が重要な役割を果たしている」というものでした。

これらの研究結果から、ガンになる素因は生物学的な遺伝ではなく生活習慣の遺伝(環境の継承)によって起きることが明らかになりました。他にも、ガンに関するあらゆる研究がひとつの答えを示しています。それは、生物学的な遺伝が関係しているのはガン死亡率の15%以下にすぎないということです。

このことは、ガンとは避けられない運命などではなく、自分の力でできることがある、ということを意味しています。

生活習慣病であればなおせる

そして、そこにある希望こそが、私が「ガン=生活習慣病」とリスキーな単純化をして伝えようと考えた理由です。

ガンは健康を意識することによってかなりの程度まで制御できる病気なのに、そのような知識をもっている人があまりにも少ない。それは、「うちはガン家系だから。。。」というセリフによくあらわれています。自分ではどうすることもできない運命的なものだから、それを回避しようと努力もしないのです。また、ガンになったあとも医者にすべて任せっきりで、自分にできることがあるとは考えもしないのです。

「ガン=生活習慣病」と言い切ることで、傷つく人たちがいることも事実です。世の中には、ほんとうにどうにもならない病気というものがあります。しかし、私がこのブログを通じて伝えたいことは、今はまだ発病はしていないが因子を抱えている全人口の1/2という膨大な数の予備軍の人たちに、はやく気づいて欲しいということなのです。そのためならば、多少の誤解は引き受けてもいいと思っています。