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ある卵巣がん患者配偶者の記録

2015年1月から9月までの戦いの日々

婦人科受診、再発の告知

11am、予約していた婦人科を受診。

何も情報がないところからドクターを探すのは難しいのですが、婦人科でも悪性腫瘍を扱っていて手術の経験も豊富なドクターということで絞り込んでいくと、ギリシア系の女医がやっているクリニックに行き当たった。

妻は、この頃にはすでに腰の痛みが耐えがたいレベルになっていて、圧力をかけているほうが楽ということで腰にサポートベルトを巻いたりもしていて、やっと病院で診てもらえるということで待ち遠しい思いだった。

しかし、この時点ではまさか腫瘍の再燃などとは思っておらず、前回の手術でなおりきっていない子宮内膜症などの影響だろうと信じきっていたのだった。

とはいえ、本来の目的は、がん治療後のフォローアップ。血液検査をして、CA 125 / CA 19-9 / AFP / LDHを計測するのが主な目的。これまでの治療の経過を英語でまとめたものを主治医に用意していただいていたので、これを事前にドクターに送っていた。

さて、アシスタントによる採血と検尿がおわったあと、ドクターが登場して痛み止めの注射をうった。実際に診察がはじまってみると、内診でグリグリと指を動かして触診していく。日本では内診のときにはプライバシーのため別室に連れて行かれて夫といえども直接目にすることはなかったのだけど、ここではお構いなし。

この内診、傍目からみていてもかなり荒っぽく、相当痛いようで、妻の顔が苦痛にゆがんでいくのがわかる。しばらくするとドクターは何かを見つけたようで、「何かある」と言いながら、ぐっと指を押し込んでいく。痛いとうったえるのもお構いなしに、とうとうドクターの腕の筋肉が盛り上がって全力で押しているのがわかる。とうとう、痛みに耐えられなくなった妻が聞いたこともないような大きな悲鳴をあげ、ドクターは「何かが破裂した」と言った。一瞬耳を疑った。

そのあと、ドクターは「右卵巣のあたりにブヨブヨした(mushy)嚢胞があって、押すと中身が出た。これでちょっと痛みは楽になったんじゃない?」と聞いてくるが、妻は激痛の余韻にふるえていて、それどころではない。なにより、もし悪性のものなら皮膜を破綻させないのが鉄則だから、とんでもないことが起きてしまったのではないかと強烈な不安を感じた。

痛み止めとして、Tramadol注射を打った。「痛み、マシになってきたでしょう?」と自信たっぷりに言うが、妻は首を横に振る。

次に、経膣エコーをもってきて撮影がはじまった。いろいろな角度から骨盤内を撮影し、画像に目印をつけていく。しかし素人には、その画像がどういう意味をもつのか、よくわからない。ひととおり撮影が終わったあと、ドクターは言った。

「結論をいうと、卵巣がんの再発だと思う。すぐに手術したほうがいいわ」

あまりのことに、絶句してしまった。徐々に落ち着いてきた妻も、今しがたドクターの言ったことを確認するように、不安そうな顔で聞いてくる。「手術したほうがいいって言ってるの?」

しかし、私たちは大きな治療は日本の主治医のもとでやると決めていて、アメリカではあくまでフォローアップの検査だけをやるつもりだった。しかも、3月にPET-CT検査までして問題なしということになっているのに、たった1ヶ月で再発と言われても、にわかには信じがたく、さらには先ほどの荒っぽい内診でドクターのミス?のようなこともあったばかりで、どう返事すればよいものか逡巡していた。

それになんとなく、すぐに大きな決断を迫るというのが、なんとなく詐欺の手口に似ている感じがするのも引っかかっていた。そこで、

「主治医は日本にいるので、すぐに彼の意見を聞いてみるから、まずは今日の診察結果をプリントしてほしい」

といった。これで、冷静な判断が下せるはずだと考えたのだ。

しかし、ドクターは私の目をまっすぐみて、語気を強めて

「何もしなければ彼女は死ぬよ」

と言い放った。

この言葉で、ガツンと頭を殴られた感じがした。この瞬間、妻がどんな表情をしていたのかは、怖くて見ることができなかった。

いずれにせよ、妻の腰痛は痛くなっていく一方なのだ。なるべく早急に何らかの処置をしてもらわなければいけないのも事実だった。

それに、手術するのにも待たされた過去の経験から、すぐに手術ができるということは、それ自体が貴重な機会であることも理解していたので、

  • 日本の主治医に今日の件をすぐ連絡して指示をあおぐ
  • 並行してこちらでの手術も準備を進めておく

という両面作戦でいくことにした。

明日の同じ時間にクリニックの予約を入れて帰宅。

そのあとすぐに日本の主治医に今日の診察内容を詳細にメールに書き、スキャンした診察所見とエコーの画像も添付した。


H先生

今年1月に妻の卵巣ガンの手術でお世話になったKです。その節は大変お世話になりました。3/23にアメリカに戻ってきました。

まだお礼もきちんとできておりませんでしたが、緊急のご相談です。

その後もずっと順調に過ごしていたのですが、前回の生理(3/27-31)が終わる頃から腰痛を訴えるようになり、4/8頃から痛みが強くなり、痛み止め最大用量でも効かず、どんどんひどくなっていて夜も眠れない様子でしたので、たまたま腫瘍マーカーのフォローアップで予約を入れていた婦人科に今日行ってきたところ、

・右卵巣への再発の可能性が高い(充実部あり嚢胞) ・すぐに手術したほうが良い

と言われました。

大きい病院の外科医のもとで手術の仮予約を入れてもらっており、今週の金曜日(4/17)と言われています。

ドクターの所見と経膣超音波の映像を添付してお送りします。医師はWクリニックのDr. Cです。

ドクターは、内診をしているときに「水の入ったボールのような柔らかい」嚢胞があるといい、それが破裂して内容物が出てきてしまったそうです。(卵巣破綻?)

それで、ご相談したいのは以下の点です。

・超音波画像から先生の所見はいかがでしょうか?やはり再発疑いと考えられますでしょうか?3月にPETを撮ってからこんなにも早く3cmの腫瘍ができるものでしょうか? ・もし今すぐ日本行きのフライトをとって先生に診ていただく場合、最短でいつ診察・手術を受けることが可能でしょうか? ・以上の状況から、手術は一日でも早く行ったほうが望ましいでしょうか?つまり、金曜日の手術はこちらで受けてしまって、抗がん剤など追加治療を日本に戻って行うというのは問題ないでしょうか? ・その他、何かアドバイスいただけませんでしょうか?

本当に申し訳ないと思うのですが、明々後日の手術を受けるかどうか、明日までに返事をしなければいけない状況です。どうか、第一報だけでも本日中にいただければありがたいです。

よろしくお願いいたします。


まだ日本は早朝だったので、その後、病院に電話して、確実に主治医に読んでもらえる念押しした。

その後、家族に連絡したり、バタバタしているうちに、主治医に電話がつながり、またその後メールへの返信もあった。

その内容は非常に詳細なもので、以下のようなポイントだった。

  • 対側卵巣への転移再発の可能性が非常に高い
  • 最大の問題点は、今回の再発のコンポーネントが類内膜腺癌なのか未熟奇形腫なのかということ
    • 超音波画像はmixed patternを呈し、これだけでは確実に判断はできない、腫瘍マーカーが参考になるはず
  • 対側卵巣での再発なので温存術式ではなく全部とるという判断は正しい
  • 今から手術の予約を入れても5月20日頃になってしまうから、時期的な問題からそちらで手術を受けるのも一つのoptionだと思う
    • その場合、開腹時の腹腔洗浄細胞診の施行、腹腔内の播種病巣のinspection所見をしっかり診てもらって下さい
    • その後、こちらで化学療法、必要あればthird surgeryも根治のためには重要になる可能性があります
  • また今回の腫瘍は再発ではなく、初回の治療が縮小治療のためにその際から微小に存在していた腫瘍が顕性化したものと考えます
    • 抗癌剤に耐性をもって再発したのとは異なり、初回治療がunder treatmentであったためのものですので、初回治療に準じて治療計画を立てるべき

「実は再発なんかじゃない」可能性もあるかもしれないという淡い期待はあっさりと否定され、そのことには落胆したが、アメリカと日本の両方の医師に支えてもらっているという感覚は、少なからず心の支えになった。

夜、この頃には毎日湯をはって入るようにしていたお風呂に妻が入っているときに、相談した。お風呂に入っているときには、痛みも少しはマシになるようだった。

「手術、ほんとにこっちでしたほうがいいかなぁ。手術しちゃったら、しばらく動けなくなるけど」

アメリカでこんな大きな手術をするのは、そのこと自体の不安もさることながら、さんざん悩まされてきた保険のことなど、費用面でも大きな不安があった。それに、手術をしたあとしばらくは身動きがとれなくなる。色々と最悪のケースを考えていくと、なんとか我慢して日本に帰ってから手術を受けるという決断をしたほうがよい可能性は捨て切れなかった。

でも、明日には回答をしなければいけない。

妻は答えに詰まっていた。不安な気持ちは同じだけど、痛いのも早くなんとかしたい。

そういう様子をみて、ただでさえ急変した状況の重大さに押しつぶされそうな妻にこんな重い決断を押し付けるべきではない、冷静に客観的な判断ができる自分が決断し、その結果何が起きても全力でサポートするのだ、と思い直した。

なんといっても、日本では手術するのがだいぶ先になってしまう。これは、待てる期間の長さではない、と思った。

そして、アメリカで手術を受けることを第一選択にしようと決断したのだった。