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ある卵巣がん患者配偶者の記録

2015年1月から9月までの戦いの日々

手術の準備、Pre-admissionと処方薬

昨日と同じ11am、Wクリニックに行く。

ここからは、ドクターから事務担当の女性に交代してどんどん話が進んでいく。

  • 手術は、このクリニックではなく大病院のオペ室で行う。
  • メインの執刀医はここのドクターだが、サブで経験豊富なベテランのドクターもつく。
  • 内容は開腹手術で「全部とる」、右卵巣・卵管・子宮、それから関連するリンパ節。全体で2時間。
  • 手術は2日後の17日。
  • 入院前にpre-admissionの手続きが必要なので今日この足で病院へ行って済ませておく。
  • このクリニックのポリシーで、支払いは今すぐ前金で$3000。

そして、大量にある書類にサインしていき、支払いを済ませる。

途中でドクターがやってきたので、昨日、日本のH医師から確認事項として聞いていた質問状のプリントを渡す。

  • 腫瘍マーカーの結果は早めに出るか -> Yes
  • 手術の目的は大網やリンパ節も含むoptimal debulking surgeryを目指すものか -> Yes
  • 術中の腹腔内洗浄と細胞診、腹膜播種の視診は行われるか -> Yes
  • これは再発ではなく縮小治療によるもので、抗がん剤に耐性をつけた腫瘍ではないため、初回治療に準じた治療を薦める -> OK

さらに、私自身も気になっていた質問項目が続く。

  • 保険会社のpre-authorizationは通っているか? -> これは事務の人に聞いてほしい
  • サブの外科医の名前と婦人科腫瘍の経験は? -> ドクターFはLA時代から40年以上の経験があり、ベガスでは1番の婦人科医。実は私のがんも彼が手術してくれた
  • 術中に迅速凍結病理診断は行われるか? -> Yes
  • 病理診断の結果がでるまでの期間は? -> だいたい1週間程度
  • 術後、抗癌剤治療のため日本に帰国するかもしれないが、結果が出揃ってないときのためにメールなどでコミュニケーションを継続できるか? -> Yes
  • 卵巣がんや子宮がんの経験例数は? -> ドクターFは「thousands(千の桁)」(ドクターC自身の経験については聞きそびれ)
  • 入院中、妻の付き添いで私も寝泊まりできるか? -> Yes

この話をしている途中で、ドクターC自身が婦人科がんのサバイバーであること、またドクターFがそのときの執刀医で、それ以降ずっと付き合いがあり、仕事でもこうしてパートナーとして信頼関係をもってやってきている、というような話を聞いて、爆発しそうになっていた不安が少しだけやわらぐのを感じたのだった。

さらに、途中で昨日の腫瘍マーカーの結果が出てきた。

その結果は、驚くべきことに、全ての数値が陰性になっていたのだった。前回の3月5日の検査ではCA 19-9だけ、ほんの少し基準値を上回っていたのが、今回はそれも基準値を大きく下回っていたのだ。

"So this is good news!"

と力強いドクターの声を聞いて、妻の目に涙がたまってくるのに気が付く。何もかもが悪い方向へとどんどん転がり落ちていくような状況が続いたあとでは、こういう小さなことでも良い知らせがあれば心が動かされるのは自然なことだろう。

しかし私はというと、腫瘍マーカーが陰性なのに明らかに再発の症状があるということは、今後の経過を見ていく簡便なツールとしての腫瘍マーカーが使えなくなったということであり、かえって不安を覚えたのだった。

その後、痛み止めのための処方箋を書いてもらい、クリニックをあとにしてすぐM病院へ向かった。

M病院に到着してpre-admissionの手続きに入ると、ここでも前金で$2500を払えと言われる。実際に病院へ支払うことになるであろうと予測される金額よりはかなり低かったのですぐに払ったけれども、今ここで金が払えなければ問答無用で門前払いですよという態度に、正直あまり良い気はしなかった。

そして、入院生活は個室になるのか、私も付き添いで寝泊まりできるのか、と質問すると、「うちの病院はほとんどが個室です。付き添いで宿泊もできるようになってます」という回答で、安心する。しかし、日本なら大部屋か個室かで費用も大きく異なってくるのだが、アメリカでは逆にそれは個人の選択ではないのだろうか。保険会社が決めてしまうということはありそうだ。

こうして事務的な手続きを終えたあと、X線をとったり採血をしたり、ナースによる問診があったりして、そのあとに入院に関する免責事項の同意をとるために、日本語の話せる通訳に電話して妻とのやりとりを録音するという一幕があったのだが、その通訳の日本語があまりにもカタコトで何を言ってるのかわからず、結局は私が横から通訳してなんとか終わらせることができたのだった。フィリピン系のそのナースはとてもフレンドリーで、がん治療という重い手術を控えた患者に不安を与えない程度に明るい態度で接してくれたのはありがたかった。

M病院をあとにして、次はドラッグストアに向かう。処方されていたのはHydromorphoneという飲み薬とFentanylという皮膚にはるパッチの薬だったのだが、オーダーして待っている時間のあいだに「Fentanylの在庫がない」という電話がかかってきて、その後はラスベガス中を走り回って4軒目にようやく見つかったのだった。

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しかし、まだ話は終わらない。薬を処方してもらっている間に遅めのランチを食べていたところ、そのドラッグストアから電話がかかってきて、「保険会社に確認したところ、Fentanylに保険が使えないらしいけど、どうする?」と聞いてきた。保険が効かなければ$100もする薬だ。Wクリニックに電話して、保険が効かないと言われたこと、それから他のジェネリック薬がないか、などを問い合わせたのだが、この薬を代替するようなジェネリックはないと言われる。

とはいえ、妻の腰の痛みを軽減するためなら、選択肢はない。仕方がないので$100を払うことにしたのだった。

この時点で、すでに$6000を超える出費になっている。この先、どこまで医療費が膨らんでいくのか、病気そのものに加えて経済的な不安も相変わらず続く。しかし、自分の命よりも大切な妻のことで、経済的な問題だけで治療の内容を妥協するということは一切考えられなかったので、あとでどのような困難が待っているとしても自分が背負っていこうと決心したのだった。

そして、明後日からの入院に備えて、アウトドア用品店REIへ寝袋を買いに行く。

日本の病院では個室にソファがあったのでそこで寝泊まりできた。アメリカの病室がどのような形式なのかわからないけど、まぁ最悪は床の上ででも寝られればいいやということで、一般的な寝袋を購入することにする。空調の効いた室内だし、4月のラスベガスというのは寒くも暑くもない最高の季節なので、軽くて薄手のぐるぐる巻きにすればコンパクトに収納できるタイプのものを選ぶ。

今にして思えば、これが妻と二人で一緒にショッピングに行くことができた最後の機会だった。